「永遠の出口」
「永遠の出口」 森 絵都
小学校、中学校、高校…そして社会人へ。
「永遠に~できない」という言葉によわくて、その言葉をいわれるたびに、取り返しのつかないことをしたと悔やみ傷ついていた少女、紀子が、いろんなひと達と出会い、別れ、ぐれたりもしながら大人になっていく半生を描いた物語。
子ども時代のことを思い出した。私の場合は「永遠」より「一生」だったような気がするけど。「一生しない」とか「一生できない」とか(基本否定形で使われる)、そういうことをいって遊んでた。
なんというか強い言葉、大仰な言葉で語るのが気持ちいい時期があったみたい。
あと、子どもの頃は「先生」というのは絶対で、特別な存在だったなあとか。今は職業のひとつとしか思ってないけど。
それから「お誕生会」とか「コッペパン」とか「好きな男の子」とか「ファンシー文具」とか…
そういうものを思い出し、そしてそういう気持ちを思い出した。
わたしはいつもどこか回りになじめない娘だった。友達は普通にいたし、いじめとかにもあったりしたことはない。
けれど、なんとなくまわりから浮いている気がしてた。そういう、不安な、孤独な気持ちも思い出した。
こころに響く文章がいくつかある。ひとつだけ引用してみる。
「私たちがもっと大きくなり、分刻みにころころ変わる自分たちの機嫌にふりまわされることもなくなった頃、別れとはこんなにもさびしいだけじゃなく、もっと抑制のきいた、加工されたむなしさや切なさにすりかわっていた。どんなにつらい別れでもいつかは乗り切れるとわかっている虚しさ。決して忘れないと約束した相手もいつかは忘れるとわかっている切なさ。」
こういう本を読むと、もっと子どもの心に寄り添ってみようという気もちになる。
子どもは子どもで大変なんだよね、いろいろと。
大人に何を訴えても建前論で返されたらキツイだろうね。わたしも心のどこかではもうこれは通用しないだろうなあと思いつつ、ときどき建前論で返してしまうけれど。
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