カテゴリー「作家 や行」の記事

リアル鬼ごっこ

「リアル鬼ごっこ」山田 悠介

読んだのはもう2ヶ月ぐらい前なのでさらっと感想を。

日本なのに「王様」と「じい」というのがまず?なのだけれどそれはまあおいとくとして。

わがままで残忍な王様による無意味な鬼ごっこという設定が、なんだか安直でリアリティがない。「リアル」鬼ごっこなのにね…

こういうありえない話は細部を緻密に描いてリアリティを出さなければつまんないと思う。

文章もスピード感があって歯切れがいいけれど、これといったオリジナリティを感じず。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「浮世でランチ」

「浮世でランチ」 山崎ナオコーラ 著 を読む。

「人のセックスを笑うな」で衝撃デビューした著者の2作目。
「人の…」はちょっとタイトル的に抵抗があったので(苦笑)敬遠してたのだが、この本はチラッと読んで面白そうと思ったので読む。

人の輪にはいれない、入る気もないOLが、会社を辞めてひとりでタイやミャンマーを旅しつつ、中学生の頃の、やはりクラスになじもうとしなかった、それでも何人かの友達とけっこう濃い付き合いをしていた自分を回想する、という物語。

「ダイエットの話や、上司の悪口や、年齢による肌の老化に対する愚痴や、ケーキの値段が高すぎるという話題などが、全部くだらなく思えて、猫と(ランチを)食べる方が楽しいような気がしてきたのだった」というくだりには、自分にも、そして大多数の人にもある感情じゃないかなと思う。

でも結局そういうのが「あたりさわりのない共通の話題」ってヤツで、そういうもので軽いコミュニケーションをとりながらやり過ごしていくのがいわば「浮世の義理」なのだろう。おそらく世の中の大部分の人がそうおもっているんじゃないのかな?
そういう会話をしているうちに、気の合う人が出来たり、発見があったりして、より深いコミュニケーションに発展していくわけだし。
そこをはしょって分かり合えるなんていうのは、幻想に近いことなのかもしれない。(でも私自身そう思えるようになったのはかなり最近)

かるくて読みやすい文章ながら、ところどころ鋭くいい得ている表現も多く、共感できた。

☆☆☆

(☆…つまんない 時間の無駄  ☆☆…時間の無駄とまではいわないけど面白くない ☆☆☆…普通  ☆☆☆☆…かなりおもしろい  ☆☆☆☆☆…すごく面白い 最高レベル)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「にいちゃん、ぼく反省しきれません。」

「にいちゃん、ぼく反省しきれません。」 柚木 真理 著 を読む。

なによりこのタイトルに魅かれて読んでみた。

主人公は昭和30年代の下町にくらすいたずら好きの兄弟。
もっとも弟の新太のほうは身体がよわくて、いたずらをするのはもっぱらにいちゃんの鉄平。(「サザエさん」の「カツオ」タイプってかんじかな?口が達者で如才がない)
弟はそのにいちゃんにからかわれたりしながらも、にいちゃんを慕っていつもくっついている。この新太が物語の語り手である。
一つ一つのエピソードはすごく短い。女の子(だった)わたしには「身に覚え」まではないのだけれど、おもわずわらってしまうような、罪のないいたずらのエピソードが満載。

とにかく周りの大人たちがおおらかでいい。
たとえば作文の時間ににいちゃんが「亡き母をしのんで」なんて作文を書く(もちろん母は健在)。
担任の先生が感動して家を訪ねてくる。それを応対したお母さんは本当のことが言えずに「甥がいつもお世話になってます」なんていってしまうのだ。
帰ってきたお父さんも悪乗りして「いつも姉さんすみませんね」なんてお母さんに向かって言うし。(とくにこのお父さんはいつもこんな調子。体育嫌いの子供に「体育見学届」をひと月ぶん作って「いつでも使っていいぞ」とわたす不届きな親なのである)

そういうおおらかさとたっぷりとした愛情をもってこどもに接することが、親としてはもっとも大切なことじゃなかろうかという気がする。

それにしてもこの時代には「どこそこのうちの柿の実を盗んだ」とかでげんこつ食らって済んだことが、いまじゃコンビニがあるばっかりに「万引」という「犯罪」になってしまう。
そのうえ核家族で近所の子供の顔も知らないから大人のほうもおおらかにわらって接することがすくない。

これは子供たちにとってはまちがいなく不幸なことだよなあとおもうのだった。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

「デッドエンドの思い出」

「デッドエンドの思い出」 よしもとばなな 著 を読む。

よしもとばななさんていつからペンネームがぜんぶひらがなに変わったんだろう。
そういえばひらがなにかわってからたぶん読んだことなかったなあと思いつつ読む。

短編集。大小取りまぜて5つの短編が収録されている。

いちばん印象に残ったのは「おかあさーん!」。
社員食堂のカレーに、その会社に恨みを持つ元社員がかぜ薬を大量混入し、たまたまそれを食べたために中毒を起こした主人公と、彼女をめぐる人々との関わり合いを描いた物語。
読みながら村上春樹さんの「アンダーグラウンド」(地下鉄サリンの被害者インタビューをまとめたもの)を思い出した。
彼女は一見回復したかのように見えて、じつはからだが疲れやすかったりだるかったりして仕事に支障をきたし、結局はしばらく仕事を休むことになるのだけれど、
そういう他人にはわかりにくい後遺症がでる、という点がサリン事件の被害者を思い出させたのだ。
違いといえば、サリン事件ではその体調不良のつらさがなかなか他人に理解されないといういわば「二次被害」を受けたのに対し、この主人公は周りの人々があくまでも優しく、思いやりをもって彼女に接することかな。
じつはこの主人公は過去幼児虐待にあっているのだけれど、カレー事件を機に彼女はまわりの人びとに支えられて回復し、しかもひと回り成長していく。
あたたかい、後味のいい話だった。
あと表題作の「デッドエンドの思い出」も、ひどい目にあった主人公を取り巻く人々がちょうどよくやさしくて、いい話。
「ともちゃんの幸せ」についてはちょっとまとめ方が強引というか、尻切れトンボのような感じを受けたけど。

これはまえにも書いたとは思うけれど、よしもとばななさんの小説には「悪い人」が登場しない。アンハッピーエンドもない。
「デッドエンドの思い出」は婚約者に捨てられる女性の話なのだけれど、この婚約者でさえ「悪人」ではない。カレーに風邪薬を入れる男も、虐待する母親も、すべて悪人としてはえがかれないのだ。それゆえに安心して読める。
もっとも現実でも完全な悪人なんてごく少数だろうけど。

前に読んだ対談集でよしもとさんが、「自殺したいと思っている人が、わたしの本を読んで死ぬのをやめてくれればいいなと思っています」
(大意)といっていたけれど、小説だけではなく音楽や芝居、テレビ番組を作る人々の究極目標もそれかもしれない。こんなやさしくてあたたかいもの、いいもの、面白いものに出会えるのなら生きていってもいいかなというような。
そういうのってすごい、価値のある仕事だなあと思う。
自分にもちょっとだけ、そういう力があるといいのだけれど。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「私語辞典」

「私語辞典」 柳 美里 著 を読む。

このところ柳美里さんづいているので、こんどは小説を読もうかとおもったのだが、なんだか重そうだし暗そうだったので、軽めのエッセイを。

「辞書には人生がない」と断じて、彼女自身の思い入れやエピソードをまじえた「私語」辞典をつくったそう。
今まで読んだ作品ではあじわえなかったユーモアもあり、ほほえましいエピソードもあり、なかなか面白かった。といってもこの作品が刊行されたのは「命」4部作より前の1996年だそうだけど。

しかしこのひとは、断じて「ふつうのひと」ではないな。
「宵越しの金は持たない」を実践していて、あれだけ印税で潤っていながら月末には通帳に数千円しかない、とか、劇団に所属しているときには住所不定状態で友人宅を泊まり歩いていたりとか。(またその後なにがあったかその友人たちみんなに出入り禁止にされたりとか)
家族も変わっている。離婚したにもかかわらずひとりで家を新築して家族をいきなり呼び寄せようとする父親なんてとくに。
三谷幸喜さんとか読んでいても「なんでこのひとのまわりにはわざとのように面白いことがおきるのだろう」と思うのだけれど、このひともタイプ゚は違うけどそんな感じ。本人はしんどそうだけどね。

「ふつうのひと」がふつうに書くには、よほどの力量がなければ作家としてはおもしろくないのかも。
わたし個人的には日常をおもしろく描ける作家のほうが好みだけど。(村上春樹とか川上弘美とか。江国香織さんもかな)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「声」

「声」  柳 美里 著  をよむ。

4部作の最終巻。東が亡くなり、劇団関係者や親戚があつまってその死を悼み、葬儀をおこない、埋葬するまでの内容。

前3作は刻々と変化する病状に緊張とあわただしさの連続だったが、この4作目ではうってかわってなんだかぼうぜんと、東との思い出の中でたゆたっているような印象。

それにしても闘病中はあまり登場しなかった東の親戚が亡くなったあと急にでてきて形見分けなどをわさわさとしているのがすこし異様に思える。そして葬式の費用や墓石の費用などを、親戚でもなんでもない著者が買ってでているのも。不思議な人間関係ですね。

人づきあいがひじょうに苦手な著者だけれど、そのわりには東の闘病中は知り合いの夫婦に子供を預けっぱなしだし、死後は情緒不安定になり劇団の後輩の女の子に泊まりにきてもらったりと他人にささえられて生きている。
東にしても彼女にしても、けして人当たりが良いとはいえない性格のようなのに、そうやって自分の生活も省みずにたすけてくれる人たちに支えられているのがなんだか不思議。きっとそれだけの才能を持った人たちなのだろうなと思う。
またこれだけ人のために尽くせるなんて人間も捨てたもんじゃないなと思ったり。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「生」

ふたたび「命」4部作へもどり、3作目である「生」を読む。

東の病状悪化から亡くなるまでをえがいたもので、その生きることへの執念は壮絶、のひとこと。
東さんも柳さんも、ほんとうに癌と最後の最後まで闘ったんだなあと思う。

わたしはいままで、自分がもし命の期限を切られたらホスピスという選択をするだろうなとおもってきたし、誰にとってもそれが最善なのではないかとも思っていたけれど、そうではないひとがたしかにここにいたと知った。生きることへの執着が生半可ではない。
わたしの父も最期まで希望を捨てずに闘った人だとおもうけれど。

しかし、こんなに切羽詰った状態ななかでさらに、自宅に押し入った泥棒に強姦されそうになる柳さん。
よくよく天に見放されているのか、それとも逆に天は、このひとはどんな不幸も書くことで幸運に変えることができると思っているのか。
きっと後者に違いない。

それにしてもこの文章の臨場感あふれることにはおどろかされる。いったいどんな状況で書かれたのか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「魂」

つづけて「魂」 柳美里 著 を読む。

末期がんの東をなんとか助けようとコネクションのかぎりをつくして奔走する著者。
くわえて生まれたばかりの丈陽くんの世話、原稿、ベビーシッターとの軋轢などさまざまな苦難がいちどきに襲い掛かる。

さらに後半では東の余命がいよいよ1週間と宣告され、息子を他人にあずけて病院に泊り込むことになる。「身内より東が大事」と明言して。

この著者と東の結びつきの強さはひとにはうかがい知れないものがある。
恋人でも夫婦でも親子でもないのに、それを超えた結びつきというものが存在しているのだ。
柳さんはどうやら人見知りが強くて人間関係が極端に苦手なようだが、東との関係においては、世の人びとが多数の人と結んでいる人間関係をすべて集約してもなお追いつかないほどの、濃い関係を築いているように見える。
天は二物を与えず、とよく言われるけれど、彼女は大勢の人と広く浅くの関係をもてないかわりにひとりの人と深い関係を結ぶことができたのかもしれないと思う。

それにしても、電話が嫌いで、相当な緊急事態でもすべてファックスでのやり取りをする柳さんはかなり変わった人、という印象。たぶんこのひとは書き言葉によってしか物事をうまく表現できないのだろう。

抗がん剤についての専門用語を駆使した記述および医師とのやり取りには、なんて記憶力のいい人だと感心。
じつはわたしも2年前父をがんで亡くしているので、5fu、ロイコボリン、イリノテカンなどの抗がん剤については聞き覚えがあり解りやすかった。あまり喜ばしい話ではないけれど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「命」

「命」 柳美里 著 を読む。

柳 美里さんはむかし芥川賞を取った「家族シネマ」を読んだのだけれど、あまりぴんと来ず…、というよりも苦手なタイプだった。
とくにそのなかにいじめを題材にした短編があって、それがみょうに陰気で無機質な文体で、読むと暗い気持ちになってしまい、以後敬遠していた。

しかし前述の「雨と夢のあとに」がかなり好印象だったのでまた読んでみようと思い立つ。

この本はいぜん話題になったのでご存知の方も多いと思うけれど、
柳さんの所属していた劇団「東京キッドブラザーズ」の作・演出家であり、柳さんと長年にわたりふかい(男女の、だけではなく柳さんいわく「一言ではいえない関係を斬り結んだ」)関係にあった故・東由多加さんの末期がんとの闘病、、それと同時に発覚した柳さんの妊娠と出産(父親は泥沼化した関係の不倫相手)、そのふたつの顛末を描いたドキュメンタリーである。

作家として2年先のスケジュールまで満杯、不倫相手とは養育費や生まれてくる子供との面会の約束をめぐり泥沼化、もと恋人であり師匠である東さんは8ヶ月の余命宣告を受け、というまさに八方塞ののっぴきならない状況で、それでも東さんとともに子供を生みそだてようとする著者の生き様に感銘を受ける。
しかもそんなことをしている著者はけっして特別に強い人間ではなく、こどもの「父親参観日」の心配をしたり、こどもの沐浴をさせるのに耳に水を入れてしまったりして「どうしようー」とおろおろしている、ごく普通の母親なのだ。(生い立ちはごく普通とはいえないようだけど)

ただ気になったのは、柳さんも彼女の家族も母子家庭であることを重く捉えすぎていること。いまどき母子家庭なんてごまんとあるから仲間は大勢いるし、そんなに心配しなくともこどもの存在がすべて助けてくれる、なんて楽観的に過ぎるかな?

感情はあくまで廃した、けして明るくはない文体で、淡々とかかれているのだけれど(でも内容は壮絶)、読み終わったときにはその生き様に圧倒され、生きる力がわいてくる。

ちなみに4部作であり、この「命」を筆頭に「魂」「生」「声」とつづく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

バカな大人にならない脳

ちょっと前だけれど養老孟司さんの「バカな大人にならない脳」という本を読んだ。
今本が手元にないので大意ではあるが、思い出しつつ書いてみる。

養老さんによれば、脳が働いているというのは、いろんな情報が脳に入力され、それが運動という形で筋肉を動かすことによって出力される。そのループの繰り返しが「脳が働いている」ということだそう。
だから「身体を使うこと」と「脳の活性化」とは一体になっているもので、そもそも「文武両道」という言葉はそういうことを指したものらしい。
いまでは「勉強も運動もできる」というような意味に変化してしまったけれど。

で、いまのこどもたちの最大の問題点は、身体を使わないこと。(スイッチひとつでなんでもできる世の中になってしまったから)
そのため入力ばかりで出力がされないから脳が活性化しないのだそうだ。

養老さんはそういう世の中にしてしまった大人たちに鋭い批判の目を向けている。

この本は子供たちから養老さんへの質問という形で作られているのだけれど、
そこにはこどもならではの(でも大人も内心は疑問に思っているはずの)「バカは直るんですか?」「親がアタマが悪いと子供もバカになるの?」という素朴な疑問が列挙されている。
それに対し養老さんはやさしく、こどもたちへの愛情を持って丁寧に答えている。
そしてくりかえす。悪いのは君たちではない、そんな世の中を作り出してしまった大人たちだと。

思いあたることがたくさんある、そんな内容だった。反省。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧